2025年度受賞作品
COMMENT
審査講評

【審査員】
アートディレクター
グラフィックデザイナー
上西 祐理先生
コロナ以前の日常が戻って久しく、賑やかな沿線の風景が戻ってしばらく経つ。活気のある経済活動が戻り、交通広告の出稿量も年々増加しているとのこと。とても明るいニュースです。
自由に外出し、人と会うことのできる日常は取り戻しましたが、街中で出くわす広告をみると、ありようはだいぶ変化したように思う。ハイクオリティ、ハイグレード、ハイクラス、、、上昇的な”ハイ”ばかりを求める時代でもない世相を反映してか、そういう広告はずいぶん減ったように思うし、家に持って帰って飾りたくなるような、広告でありながら芸術性も高い至極の1枚、というような表現は少なくなったように思う。よくわからないけど何かいい!というような、個人の感覚に委ねるタイプの広告もあまり見かけなくなった。わかりやすく合理的で明確に、即物的・機能的なものが多くなっている様に思うのも、今の時代と呼応しているのだと思う。みんな忙しい日々の中で、理解にコストをかけず、早く「なるほど」と納得したいのだろう。広告が大義を背負って世にメッセージを投げかけ、世の中もそれにまた呼応する時代もあったかもしれないが、マスの不在化が進み個別最適化している今の時代では、大きなムーブメントをおこすのもとてつもなく難しい。総じて“余白”や”余裕”がなくなっていってる様相は、いち制作者としては少し寂しい気持ちもするが、これらの変化はそのまま良い面でもあると思う。
“ハイ”だけではない、”良い”の価値軸の多様化により、表現は随分自由になった。キッチュさ、ユーモアさ、Lo-Fiさ、より様々な表現が表に出て認められる様になったと思う。また、アイデアの力、笑いや感動といったエモーショナルに揺さぶること、構造的なアプローチ、バリエーションで畳み掛けることなど、映像やポスターの画面の中身をどうするかでの勝負を超えて、多様な手段の中から創意工夫をして伝える手法をみんな考え抜いているように思う。わかりやすい良さもあるし、それを特化させていくとエンタメ性の強い企画になる。大きな声で大多数のみんなに向かって呼びかけずとも、もうすこし小さな共感がセグメントごとに大切に共有されている現代は、優しい時代であるようにも思う。
そしてそんな今の時代の広告において、重要な意味を持っているのがメディアの理解と場所性ではないでしょうか。どの場所に・何枚・どのようなサイズで展開するのか。作って終わりではなく、どう届けるのかまで考える。むしろ、どこに掲出するかから考えて制作することもあるでしょう。クライアントも制作者も、せっかく作るのだから、よりよく伝わってほしいに決まっている。主たるメッセージやビジュアルの構築のような俯瞰の視点と共に、受け取り手がそのものとどう対峙するのか、どう届くのかの接点に至るまで考えているかも重要な制作者の仕事のうちである様に思う。
交通広告グランプリは文字通りに交通メディアを中心としたアワードであるが、このデジタル化され色々なサイズで展開することが前提なスケールレス時代のはずなのに、逆にサイズやスケールや場所性に最適化された丁寧なアプローチが目を引き、改めて広告のインスタレーション性や、体験まで考え抜かれた広告が残すインパクトの強さを認識させられた。メディアを理解し、選択し、表現から届け方までが合致した、丁寧な広告コミュニケーションに敬意を表します。
グランプリ作品である株式会社創味食品「焼肉の部位ジャック広告」もそういう点が際立っている様に思う。真っ白い紙を生かしているのも良いし、力強い文字が想像力を掻き立てる。きっとこの電車に乗った人の多くが、焼肉の香りを思い浮かべたであろうし、数日以内にきっと焼肉を食べたのではないか。インスタレーション性が高い仕事である。近年は新たな駅メディアも増えており、よりブランド世界観の作り込みや体験性の高さに、広告の可能性を感じるし、それらを生かした企画が多く生まれているのも面白い。
通学中の中高生たち、恋人との待ち合わせに向かう大学生、これから出勤するお父さんやお母さん、仕事で嫌なことがあった帰り道の社会人、楽しく宴会をした帰りの仲間たち。色々な背景の人が様々な感情で行き交う、駅や電車という場所。そんな場の特性を受け止め、媒体に合わせたアプローチを、物理的なスケールを伴って丁寧に設計された広告コミュニケーションに、展望を感じた。そしてそっと日常の風景の一部となり、そろそろこの季節かと時節を教えてくれたり、新商品やイベントを知らせてくれたり、ほっこりした気持ちや笑わせてくれたり、日常をちょっと彩ってくれる広告の良さも感じた。
今年度の審査総作品数は1654作品!
全6部門より38作品が選出されました!